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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3376号 判決

控訴人

関東工業株式会社

右代表者

馬場喜作

右訴訟代理人

金田哲之

ほか一名

被控訴人

大東京不動産株式会社

右代表者

森下真平

右訴訟代理人

河和松雄

ほか四名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本訴の請求原因は、一次的に賠償契約二次的に製造物責任であるところ、原審は、賠償契約を排斥し、製造物責任を肯認し、これに控訴人が控訴したのであるので、当審における審理の対象は、製造物責任の有無ということである。

控訴人が訴外中武土地株式会社(以下「中武土地」という。)の注文により請負人として本件建物を建築したことは、当事者間に争いがなく、被控訴人は、本件建物の買主として、請負人である控訴人に対し製造物責任を追及するので以下検討する。

製造物責任は、ある商品の消費者または利用者その他の者が、その商品に欠陥があつたため人的・物的損害をうけた場合、これらの者と契約関係のない製造者・卸売業者らが右欠陥を理由に直接被害者に対し損害賠償責任を負うことをいう。近代経済社会に流通している多種多様の商品につき、人為的に予防できる瑕疵や、欠陥がある場合、その商品の消費者は、流通市場から購入するか否かの自由があるだけ(独占的製品であるときはこの自由すら事実上ない)で、その商品の瑕疵、欠陥を監視し、チェックすることはできない。その商品を信頼して購入するだけである。ところが、商品の欠陥により損害をうけた場合、直接の売主である小売商等に売買契約上の責任追及だけしかできない(法律的に困難な場合も少くない)となると、消費者又は利用者の保護は極めて不十分であり不公平である。そこで、できるだけ多数の者に対し、比較的容易に損害賠償請求をできるようにし、消費者らの保護を厚くすることが必要だと考えられる。この損害賠償責任の法律的構成として不法行為説(これにも民法七〇九条説と七一七条説とがある)、品質保証契約説、法定保証責任説等があるが、わが国では不法行為説が通説であり、本件でも、被控訴人は、同説によつている。従つて、不法行為となる製造物責任では、消費者側で立証しなければならない商品の欠陥と損害との因果関係、賠償義務者の過失の立証責任の限度を緩やかにすることによつて保護しようとするわけである。しかし、他面、商品の製造・流通に少しでも干与するすべての者に責任を負わせることは、不公正な結果をもたらすことも否定できないし、その商品の製造・流通によつて大きな利益を獲得できる者に最終的責任を集中すべきだとする報償責任的考え方もあるので、これらの調整が不法行為である製造物責任の問題点となる。

まず第一に、製造物責任の対象である商品とは、その物品の種類・規格・構造・使用原材料・副資材・製作技術工程・性能等および流通過程の重要部分に関し、契約によつて消費者又は利用者の意思を介入する余地がなく、製造業者らの一方的意思で右のようなことが決定される商品でなければならない。消費者や利用者が契約で製作・流通を監視介入できるならば、特にこれを普通より厚く保護する必要がないからである(もつとも、たとえ契約をしても経済的弱者・技術的無知のため事実上監視介入できない場合はやはり保護の対象となる)。かかる商品は、俗にいう「市況商品」ないし「レデーメイド商品」とその範囲をほぼ同じくする。なお、右商品はそのもの単独で消費・利用される場合だけでなく、他の商品の部品や原材料であつてもよい(例えば、自動車の車輪・タイヤ・ブレーキ等)が、部品や原材料に使用する段階で大きく加工される場合には、その物の欠陥と損害との間に因果関係の認められないことが少くないであろう。

さて、本件において対象物件が入居者の意思が介入しない通常の分譲マンションであることは、当事者間に争いがないので、中武土地と控訴人間では受注製作であつても、分譲マンションそれ自体は、製造物責任の対象になると解すべきである。

第二に、原則として完成した商品でなければならない。消費者又は利用者は、完成品についてその品質性能を信頼するので、この信頼を常に保護する必要があるからである。未完成品については、未完成の程度によつて欠陥・因果関係・過失に大きな差異があり、具体的事実関係によつて個別的にこれを定めるべきであつて、前記のような目的で過失や因果関係の立証を軽減しようとする製造物責任の対象とすることは相当でない。しかし、未完成とはいえ殆んど完成に近く公平上製造物責任の対象商品と認めるのが相当だと考えられる場合もあろう。本件では、〈証拠〉を綜合すれば、控訴人が施行した工事出来高は約八〇%で、請負代金総額六千万円中残代金一千三〜四〇〇万円を残して請負を合意解約したこと、注文主である中武土地と訴外株式会社マルマンとの間で未完成の状況のままの本件マンションと、その敷地968.29平方米を九、〇〇〇万円で売買の話合いが進んでいたし、完成分譲すれば総額一億数千万円位となり、未完成のままでも土地代共で七、〇〇〇万円ないし七、五〇〇万円が相当額であつて、被控訴会社に対しても当初八、〇〇〇万円で売買交渉がもたれたが結局五、〇〇〇万円となつたこと、中武土地の明石社長が被控訴会社に対し、これからも金のかかること故五、〇〇〇万円にしたのだからこれ以上修理その他の金は出せないと念を押したこと、控訴人は、中武土地に対し、中武土地は被控訴人に対し、いずれも本件マンションの躯体工事の欠陥につき二年間担保責任を負う旨の念書を交付していることが認められる。従つて、本件マンションは、控訴会社が関与した段階では未完成であつて、その程度は、製造物責任の対象となる商品ではなかつたと認めるのが相当である。

第三に、製造物責任の責任主体は、原則として、当該商品の生産に関する重要事項について事実上の決定権をもつ者および当該商品の流通過程に関し事実上の支配力をもつ者でなければならない。けだし、これらの者は当該商品の製造・販売によつて最も大きな利益をあげる者であり、通常は、メーカー又は商社として、当該商品に対する消費者や利用者の信頼に基礎を与えているからである。それ以外の下請業者・中間卸売業者等に製造物責任を認めるときは、不当に責任範囲を拡張することになるので、これらの者については、民法七〇九条所定の通常の相当因果関係・過失・違法性を必要とし、これらを欠く場合には責任がないと考える。ところで、〈証拠〉を綜合すれば、控訴会社は、中武土地の明石社長の依頼に基いて訴外三基設計事務所に本件マンションの設計を頼み、その設計料は中武土地が支払い、明石社長は三基設計事務所の高際健と直接設計の相談をしていたこと、控訴会社は右設計に基いて工事を施行したことが認められ(る)〈証拠判断省略〉。してみると、本件マンション建築の重要事項については、注文者たる中武土地が事実上の決定権をもち、同社の明石社長が三基設計事務所と相談の上作成決定した設計に基き控訴会社が施行したのであるから、控訴会社が製造物責任の責任主体となるものではなく、それは中武土地であるとするのが相当である。

第四に、製造物責任によつて保護される損害は、原則としてその商品の瑕疵・欠陥によつて消費者その他の第三者の被つた人的・物的損害、即ち、講学上のいわゆる「積極的債権侵害」(たとえば、欠陥自動車のため事故を起し傷害をうけた等)でなければならない。商品の瑕疵・欠陥に基く商品価値の減少それ自体の損害(完全な商品として代金を定めて取引したのに瑕疵・欠陥のためより低い価値しかない場合における右代金額との差額)は、製造者らの詐欺行為等特別の事情がない限り、製造物責任の対象である損害に含まれないと解するのが相当である。けだし、かかる損害は商品の流通過程における個別的・具体的な契約内容の如何によつて、瑕疵・欠陥が同一であつてもその損害額が変つてくるので、それぞれの契約内容に応じて個別的に損害額をきめることになる。たとえば、消費者又は利用者が無償で贈与をうけたときは贈与者がその瑕疵・欠陥を知りながら故ら告げなかつた場合以外は責任を負わないし(民法五五一条)、バーゲンセールなどで時価より安く売買されたときは、軽微な瑕疵・欠陥につき売主が責任を負わない旨の黙示の約束を認められることも少くないであろう(かかる場合にも、製造物責任によつて完全な商品として価値に相応した代価を補償することは、かえつて消費者らに不当な利得を与える結果となるからである)。本件において被控訴人の主張する損害は本件マンションの瑕疵補修費用であるから、瑕疵により減少した商品価値それ自体で、製造物責任の対象たる損害ではない。(もつとも、一般市況商品にあつては、メーカーや販売元が明示又は黙示に品質保証をしていることが多いので、これに基き右のような損害についてもメーカーや販売元に対し賠償を求めることができるが、それは不法行為たる製造物責任でない)。

以上のとおり、被控訴人の不法行為による製造物責任に基く請求は理由がない。

《後略》

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

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